東西の冷戦が終わって そしてアラブの春

 

東西の冷戦が終わって そしてアラブの春
世界に何をもたらしたか

この冷戦で人の命 家屋 幸福を
奪われ人生を狂わせられたのは
戦争そのものに匹敵する
この人々の悲劇は15カ国を超え 
これに直面した人々は 億をはるかに超える

疑心暗鬼に満ちたアメリカとソ連
この両国が大きな影響支配権のための戦争であった
今 今日振り返れば 愚かな出来事で人々の命を奪った
この頃核の使用を現実的に検討したという
ぎりぎりのところで 土俵に残った力士のようだ
世界の終わりは辛うじて回避されたにすぎない

あの頃私は家の不幸のため
ニュースも記憶に定かでないが 振り返る

冷戦の終結は ソ連邦の崩壊である
東ドイツの崩壊 
ソ連の衛星国、連邦国
バルト3国の独立

ゴルバチョフペレストロイカ
歴史を振り返れば あのときあの決断
そして 問題の回避
あらゆる手立てを 後の世に思い知る

改革は良い事ばかりでない
ソ連時代の負の遺産を 重く抱える

それが今日の ロシアという 国になった
エリッイン とその後継者が国の運命を決めたが
過去のフルシチョフ ブレジネフの焼き直しだった

数々の冷戦で思い当たるのは この前の
アフガニスタン進行という ソ連の暴挙だ
ソ連版のベトナム戦争 そっくりだ 今思えば
これがソ連の国力を低下し 崩壊の引き金になった
9年間に
数知れない兵器の供与と2万人を越える戦死者を出した 

その中で この悲劇の中で
反対派の粛清で犠牲になった人々は数がわからぬ
しかし 100万人単位だ
この大きさは 日本の2011年 津波の犠牲者を遙かにしのぐ

チュニジアのくだもの売りの一人の青年が灯油で自殺した
これは虐げられた人間の最後の姿だった 
これではいけないと立ち上がった この怒りが
アラブの春のきっかけとなった

このアラブの春と呼ばれる反乱が燎原の火のように
アフリカのチュニジア、エジプト、アルジェリアリビア
モーリタニア南部スーダンジブチ、モロッコなどを
覆いつくした
独裁者に対し イターネット・フェイスブックの活用で
若者たちは 敵対した

そして 民主化を求める すべての人が結集し
銃を持たない革命変革の第1歩 スタートになった
大国の利害にこの叫び抑圧に対しての民衆の怒りに
犠牲者もおびただしく 混乱と無秩序のアフリカになった

だれも予測できない 未来と 人生
国家とは何か こう考えさせられる
ブルガリアの革命の犠牲者は 
名誉の回復を勝ち得た言う
銃殺から10年を経た後である このように
東ヨーロッパは大国の利害に翻弄された

冷戦の終結
その後アラブ世界に飛び火
アラブ世界に民主化の波が押し寄せた
これはつい最近の2010年代である

独裁者の追放という形までは作ったが
そのあとの未来はだれも知る由もなかった

そろそろ1980 年代後半より30年経過する
更なる30年はいかなる世が作られるのか

日本のニュースはこのめまぐるしい事柄を ほんの一瞬放映した
専門家は熟知しているが 
我々には 障子の裏の
影法師のように過ぎていった
知らぬが仏 知らぬ者は幸いである

この悲劇と問題を人が顧みないことがあってはならない
歴史は繰り返す 社会の体制がわっても 繰り返す

こう教えてくれたのは 冷戦とアラブの春だった